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連載:プロが語る「電化キッチン」の現実と未来|第3回

キッチンをIH化する8つのステップ失敗しないための完全ガイド

2026年3月、業務用厨房の電化が必要とされる理由と方法に関するレポート、「GUIDE TO ELECTRIFYING YOUR KITCHEN HIGHLIGHTS 」(厨房の電化の手引き)*1 (英語版)が公開されました。

このガイドブックを元に電気の専門家の観点でレビューできればと思います。

▶ この記事を書いた人:やなぎん(エネルギー業界歴15年)

第1回でIHとガスの違い、第2回で業務用IHコンロのコストを見てきました。最終回となる今回は、実際にキッチンをIH化するときの具体的な進め方を、8つのステップに分けてお伝えします。電気容量の確認から機器選定、スタッフ教育まで、現場で本当に必要になる手順を順番に整理しました。東京での実際の成功事例もあわせてご紹介します。

第1回の記事はこちら
第2回の記事はこちら

何から始めればいいのか

「電化がいいのはわかった。でも実際どう進めればいいのか、まったくイメージが湧かない」。これがIH化を検討する方からもっとも多く聞く声です。

その感覚はよくわかります。キッチンのIH化はコンロを1台買い替えれば済む話ではなく、電気容量の確認、厨房レイアウトの見直し、ガス設備の撤去、スタッフ教育、大家やオーナーとの交渉まで、動かすべき要素が多岐にわたります。だからこそ順番が大事になります。ここからは、英国の専門機関HESSとSRA・GCCが推奨する進め方を、日本の飲食店の現場感覚に引き寄せながら紹介していきます。

ステップに入る前に、確認しておきたいことが二つあります。一つは物件・テナントまわりのこと。大家から設備変更の許可を得られるか、退去時の原状回復範囲はどこまでか、費用の一部を負担してもらえる可能性はあるか、自治体や電力会社の補助金制度はないか——このあたりは早めに確認しておくと後がスムーズです。もう一つは電力の調達先です。今の契約が再エネ由来かどうか、グリーン電力プランへの切り替えを検討する余地があるか。電化すれば自動的にサステナブルになるわけではなく、電力源まで含めて初めて意味を持つ、という点は頭の片隅に置いておいてください。ただし再エネへの切り替えを待ってから電化に着手する必要はなく、まず電化を進めながら並行して電力の調達先を見直す、という順番で問題ありません。

成功させる8つのステップ

ステップ1 移行チームを編成する

キッチンのIH化は、一人の担当者だけで進められるものではありません。電化プロジェクトが途中で頓挫する原因の多くは、技術的な問題ではなく人の合意形成です。料理長が反対している、大家がOKを出さない、経営層が投資を承認しない——こうした壁にぶつかるケースは現実に少なくありません。経営トップ、料理長、設備担当者、大家の4者は最低限巻き込んでおきたいところです。あわせて厨房機器メーカーやサプライヤーへの早期相談もお勧めします。彼らはこの手のプロジェクトの実績を多数持っていて、業態に合った具体的な提案をしてくれます。

ステップ2 機器を選定する

もっとも多い失敗パターンが「今あるガス機器と同じものに、電気で置き換える」という発想です。第2回でも触れましたが、業務用IH機器はガス機器よりエネルギー効率が高いため、必ずしも同じ台数・同じサイズが必要とは限りません。基準にすべきは「今何台あるか」ではなく「実際に何台使っているか」。稼働率のデータがなければ、1〜2週間ほどスタッフの使用状況を観察・記録してみるのも手です。IH対応の調理器具への入れ替えが必要になることも、忘れずに計画に入れておいてください。

ステップ3 予算とスケジュールを決める

予算には、機器の購入費だけでなく、ガス設備の撤去費用、電気工事費、容量増設が必要な場合の工事費、換気ダクトの改修費用、調理器具の買い替え費用、スタッフ研修費、そして移行期間中の営業損失まで含めて見積もる必要があります。一度にすべてを電化する必要はなく、使用頻度が高くエネルギー消費の大きい機器から優先的に交換する段階的なアプローチでも十分に効果は出ます。資金調達の面でも、選択肢は一つではありません。大家とのコスト分担交渉、自治体の省エネ補助金や助成金、厨房機器メーカーが用意しているリースや割賦プログラムなど、組み合わせ次第で初期負担をかなり軽くできるケースもあります。導入を検討し始めた段階で、まずはこうした制度が使えないか調べてみる価値はあります。

ステップ4 厨房レイアウトを設計する

機器のリストが固まったら、レイアウト設計に入ります。IH化は単なる置き換えではなく、厨房そのものを再設計するいい機会でもあります。複数のガス機器を1台の多機能電気機器に統合すれば設置面積を縮小でき、空いたスペースを客席に転換することもできます。電気キッチンの設計実績がある専門家に依頼すると、不要なインフラ増強を避けられることが多いです。実は、業者が電気容量を過大に見積もるケースは珍しくなく、専門家が間に入ることでコストを大きく抑えられることがあります。

ステップ5 工事・設置を監督する

施工フェーズの主な内容は、ガス機器・配管の撤去、ガス引き込み管の閉栓・廃止、新規電気配線・分電盤工事、機器の設置・試運転、換気ダクトのリサイズです。ここで見逃せないのが、ガス引き込み管を正式に閉栓・廃止すると、毎月のガス基本料金が完全になくなるという点です。工事中に営業継続が難しい場合は、定期休暇や閑散期に合わせて計画するのが定石です。

ステップ6 スタッフをトレーニングする

電化の成否を最終的に決めるのはスタッフです。ガスからIHへの切り替えは単なる機器の交換ではなく、火加減の感覚や鍋への熱の伝わり方、温度設定のタイミングまで変わります。最初の戸惑いは普通のことで、十分なトレーニング時間と心理的なサポートが欠かせません。

ザ・キャピトルホテル 東急 オールデイダイニング「ORIGAMI」では、IH導入初期にスタッフが異なる調理の動作に慣れる時間が必要だった。しかしその後は、火傷・ケガのリスクが大幅に低下したことをチーム全体が実感したと報告されている。
GCC「Making the Switch」(2025年)

実際に使い込んだシェフの多くが「もうガスには戻れない」と口をそろえます。IHへの抵抗感の大半は、知らないことへの不安から来ているものです。

ステップ7 エネルギー消費を賢く管理する

機器を入れ替えるだけでは恩恵を最大化できません。電力サプライヤーにエネルギーモニタリングツールの提供を確認したり、個別機器の消費電力を計測できるスマートメーターを導入したりするのもお勧めです。専門家によるエネルギー診断を受けるだけで、追加投資なしに10〜20%の消費削減が可能なケースも珍しくありません。

ステップ8 顧客・社会に発信する

実現できたら、それを積極的に外へ発信しましょう。メニューのサステナビリティ欄、公式サイト、SNS、店頭での案内——どこでも構いません。サステナビリティへの関心が高まる中、電気キッチンへの移行はブランド価値の向上に直結しますし、ESG開示要件への対応という観点でも今後さらに重要になってくるはずです。

費用面で特に注意したいこと

8つのステップを見てきましたが、費用面で特に見落とされがちな点を最後にまとめておきます。一つは電気容量です。「今の契約で足りるのか」という不安をよく聞きますが、実際には現状のままで十分なケースの方が多数派です。英国の数百店舗を対象とした調査では、70%以上のキッチンが電化してもスパイク防止のための設備増強が不要でした。フライヤー・ホブ・コンビオーブンが一斉に立ち上がることで起きる電力スパイクは、起動順序の工夫や電力最適化システムの導入で、設備増強なしに対応できることが多いのです。

もう一つは投資回収期間です。第2回でお伝えした通り、改修であれば3〜4年が一つの目安です。エネルギーコストだけでなく、清掃・換気・メンテナンス・保険といった隠れたコストまで含めて計算することが、正確な判断につながります。そして三つ目は、段階的な導入という選択肢を忘れないこと。一度にすべてを変える必要はなく、使用頻度の高い機器から優先的に切り替え、数年かけて完全電化に移行する飲食店も少なくありません。

リフォームの工事期間はどれくらいかかるか

規模によって大きく異なりますが、小規模な卓上型IHコンロの導入なら数日、厨房全体をビルトイン型で再設計する大規模リフォームなら数週間程度を見込んでおく必要があります。営業を止められない場合は、定期休暇や閑散期に合わせて日程を組む飲食店が多いです。電気容量の増設工事が必要になると、電力会社との契約変更の手続きが加わるため、さらに余裕を持ったスケジュールを組んでおくと安心です。

IHのデメリットにはどう対処すればいいか

中華の強火炒めや炭火焼きなど直火を活かす調理については、高火力のIHウォックリングでかなりの部分まで対応できます。それでもこだわりがある場合は、その調理だけガスを残し、それ以外をIHに切り替えるハイブリッド構成も現実的な選択肢です。完全にどちらかへ統一する必要はなく、業態や看板メニューに応じた構成を検討すればいいと思います。停電時の対応が心配な場合は、カセットコンロをバックアップとして用意しているお店もあります。

ビルトイン型と据置型、どちらを選ぶべきか

厨房のスペースと予算、リフォームのタイミングによって判断が分かれるところです。新規出店や大規模リフォームの機会であれば、見た目がすっきりして清掃性も高いビルトイン型が選ばれることが多くなっています。一方、既存の厨房レイアウトを大きく変えずに導入したい場合や初期費用を抑えたい場合は、据置型や卓上型から始めるのが現実的です。まず卓上型で試験導入し、スタッフの習熟を確認した上で、本格的なビルトイン型へ移行するという段階的なアプローチを取るお店も少なくありません。

日本での導入事例|ザ・キャピトルホテル 東急オールデイダイニング「ORIGAMI」

この連載で参照してきたレポートには、日本の事例も収録されています。東京・永田町のザ・キャピトルホテル 東急 オールデイダイニング「ORIGAMI」です。電化に踏み切ったのは2010年のホテル大規模改修のタイミング。すべてのガス調理機器を業務用IHコンロに置き換え、換気ダクトのコンパクト化も実現しました。

レポートによれば、スタッフが新しい調理機器の動作特性に慣れるまでの適応期間は確かに存在したものの、その後は火傷・ケガのリスクが大幅に低下したことをチーム全体が実感したといいます。初期の機器コストは課題だったものの、ランニングコストの削減と厨房生産性の改善が長期的に投資を上回る価値をもたらした、と報告されています。ORIGAMIは現在、レストランのサステナビリティの評価基準であるFood Made Goodスタンダードの最高評価である3つ星を取得しています。

この事例が示す一番大事なことは、「2010年に、しかも日本で」電化を実現していたという事実です。日本はまだ電化が遅れていると言われることがありますが、先駆者はすでに存在します。年を追うごとに業務用IH機器の性能が上がり、グリーン電力の選択肢も増え、導入を支援する情報も充実しています。始めるのに、今以上にいいタイミングはないと思います。

まとめ

第1回でIHとガスの違いを、第2回で業務用IHコンロのコストとROIを、そして今回でキッチンIH化の具体的なステップを見てきました。電化そのものは難しくありません。ただ、準備をせずに進めると途中でつまずきます。データに基づかない意思決定をしないこと、経営・現場・設備の三者を最初から巻き込むこと、機器選定は同じものに替えるという発想から脱却すること、エネルギーコスト以外の隠れたコストまで含めて計算すること、そしてスタッフへの教育なしに電化の効果は最大化されないこと。この連載で繰り返し出てきたのは、結局この5つに集約されると思います。

日本にもすでに先を行く仲間がいます。世界の規制は加速し、再生可能エネルギーのコストは下がり続け、業務用IH機器の技術は日々進化しています。飲食業界がこの転換をリードすることは、サステナビリティの観点からも、コスト競争力の観点からも、そしてキッチンで働くスタッフの健康と誇りの観点からも、理にかなった選択だと私は思っています。3回にわたる連載にお付き合いいただき、ありがとうございました。

この記事を書いた人:やなぎん

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業界歴15年のプロフェッショナル。複雑で分かりにくいエネルギーの仕組みを、家庭の「お財布」と「地球」の両方に優しい視点で噛み砕いて解説するのが得意。難しい専門用語を高校生でも分かる例え話に変換して、みんなの節電ライフに寄り添う、親しみやすさNo.1のベテラン女性。


*1 GUIDE TO ELECTRIFYING YOUR KITCHEN HIGHLIGHTSについて

本ガイドは、英国および世界中の外食産業事業者向けに、サステイナブル・レストラン協会(TheSustainable Restaurant Association)が、グローバル・クックセーフ・コアリション(Global CooksafeCoalition)およびホスピタリティ・エネルギー節約・持続可能性協会(Hospitality Energy Saving &Sustainability)と共同で作成したものです。

GUIDE TO ELECTRIFYING YOUR KITCHEN HIGHLIGHTS 概要およびダウンロード
一般社団法人日本サステイナブル・レストラン協会webサイト
https://foodmadegood.jp/20260401_gcc/

出典:The Sustainable Restaurant Association / Global Cooksafe Coalition / HESS「Making the Switch: Why and How to Electrify Your Commercial Kitchen」(2025年)
Home | The Sustainable Restaurant Association
Home - Global Cooksafe Coalition (GCC)

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