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連載:プロが語る「電化キッチン」の現実と未来|第1回

IHとガスコンロどっちがいい?メリット・デメリット・光熱費を徹底比較

日本サステイナブル・レストラン協会から2026年3月、業務用厨房の電化が必要とされる理由と方法に関するレポート、「GUIDE TO ELECTRIFYING YOUR KITCHEN HIGHLIGHTS 」(厨房の電化の手引き)*1 (英語版)が公開されました。このガイドブックを元に電気の専門家の観点でレビューできればと思います。

▶ この記事を書いた人:やなぎん(エネルギー業界歴15年)

「IHとガスコンロ、結局どっちがいいんですか」。飲食店の方からよく聞かれる質問です。実はこれ、一言では答えられません。お店の業態や調理スタイル、予算によって正解が変わるからです。なのでこの記事では「どっちが正解」と決めつけるのではなく、両方のメリット・デメリットと光熱費の違いを並べてみて、最後に判断のヒントをお伝えしようと思います。

IHとガスコンロ、何が違うのか

そもそもの仕組みから話すと、IHは電磁誘導という現象を使って鍋底そのものを発熱させています。コンロの天板自体はほとんど熱くなりません。一方のガスコンロは、ガスを燃やして直火を作り、その炎で鍋底を温めます。

この違いが、掃除のしやすさや安全性、光熱費、料理の仕上がりまで、ほぼすべての差を生んでいます。ガスは炎の熱が鍋の周りや空気にも逃げてしまうのに対し、IHは鍋底に熱を集中させられるので無駄が少ない。実際、IHのエネルギー効率はガスのおよそ3倍とされています(HESS, 2025)。

もう一つ、導入前に必ず確認してほしいのが鍋との相性です。IHは磁力で鍋底を発熱させる仕組みなので、鉄やステンレス(鉄芯入り)といった磁性のある素材でなければ反応しません。ガラスや銅、アルミの調理器具は基本的に使えないので、切り替える前に厨房の鍋を一通りチェックしておく必要があります。ちなみにIHには卓上に置くだけの小型タイプから、複数口を備えた据置型、カウンターに埋め込むビルトイン型まで種類があり、業態や厨房の広さによって向き不向きが変わってきます。このあたりは次回の記事で詳しく扱う予定です。

IHのいいところ、気になるところ

私がIHを勧めるとき、最初に話すのはエネルギーコストの話ではなく、現場での使い勝手です。数字上のメリットがいくらあっても、現場のスタッフが使いにくいと感じたら定着しないからです。

掃除に関しては、正直なところ比較になりません。ガスコンロには五徳という網状の鍋受けがあり、その隙間に油や食材カスが入り込んで固まります。バーナー周りのすす汚れを専用洗剤で磨く作業は、毎日のことなのでかなりの負担です。IHの天板はフラットなので、布巾でさっと拭けば終わります。

自分のレストランでは、ガスコンロの清掃に24分かかっていたのが、IHなら21秒のふき取りで終わる。それだけで年間3万豪ドル以上の人件費削減になった。

ルーク・バージェス(Scholé オーナーシェフ、オーストラリア)/GCC「Making the Switch」(2025年)

温度管理の精度も上がります。ガスは炎の大きさで火加減を調整するため、微妙な温度をキープするのが意外と難しい。IHは数字で温度を指定でき、鍋底の温度を安定させたまま維持できるので、ソースや煮込み料理のような繊細な温度管理が必要な調理ほど向いています。東京の、ピッツェリア ジターリア ダ フィリッポ 岩澤正和氏も「温度を一定に保ちながら加熱し続けられるので、温度管理も調理時間のコントロールも格段に良くなった」と話しています。

安全面でも違いは大きく、直火がない分、ガス漏れや一酸化炭素中毒のリスクがそもそも存在しません。火傷のリスクも下がります。実際、東京のザ・キャピトルホテル 東急

オールデイダイニング「ORIGAMI」では、IH導入後にスタッフの火傷・ケガが目に見えて減ったと報告されています。厨房の室温が上がりにくいのもありがたいポイントで、夏場の体力消耗を考えると地味に大きな差になります。

もちろん、デメリットもあります。一番現実的なのは停電時に使えないこと。災害対策としてカセットコンロを別途用意しているお店も多いです。あとは鍋の買い替えコストと、中華の強火炒めのような直火が前提の調理には、業務用の高出力モデルでもやや分が悪い場面があることでしょうか。初期費用もガスより高くなりがちですが、これは後ほどランニングコストと合わせて見ていきます。

もう一つ、地味だけど効いてくるのが換気の話です。ガスは燃焼ガスと大量の熱を排出するため大型の換気ダクトが必要になりますが、IHに切り替えるとその必要量がぐっと減ります。HESSの調査では、ガスから電気への切り替えで換気の風量を29〜43%削減できたという結果が出ています。換気ダクトが小さくて済むということは、初期の工事費だけでなく、毎月の空調・換気にかかる電気代も下がるということです。

掃除がラクになるということは、洗剤などの清掃用品コストも下がるということです。ガスは燃焼で発生する油煙やすすが厨房全体にこびりつくため、専用の強力な洗剤が欠かせません。IHに切り替えた厨房では、こうした清掃用の化学薬品コストが半分程度に下がったという報告もあります(GCC, 2025)。地味な項目ですが、毎月のことなので積み重なると無視できない額になります。

ガスコンロのいいところ、気になるところ

ここまでIH推しで話してきましたが、ガスコンロにもちゃんと理由があって使われ続けています。直火ならではの香ばしい焦げ目、鍋を振りながらの炒め物、強い火力での一気の加熱、こうした調理の仕上がりは、やはりガスに分があります。中華の強火炒めや鉄板焼き、焼き魚あたりは、ガスコンロが今でも優位な領域です。

鍋を選ばないのも実用上のメリットです。アルミ鍋や銅製の雪平鍋、土鍋もそのまま使えますし、長年使い慣れた道具をそのまま継続できるという安心感は無視できません。多くの料理人がガスで調理を覚えてきた経験を持っていることも、現場での抵抗感の少なさにつながっています。

一方で、見落とされがちなコストもあります。五徳まわりの清掃時間、大型の換気ダクトにかかる電気代、ガス配管の定期点検費用、ガス漏れリスクに応じた保険料の上乗せ分、これらはガス代の請求書には現れませんが、確実に運営コストに乗ってきます。

そしてもう一つ、これは数字には出にくいのですが、燃焼によって発生する二酸化窒素やベンゼンといった化学物質の問題があります。調理中の二酸化窒素濃度が屋外の安全基準を超えることもあるとされ、毎日長時間厨房で過ごすスタッフへの影響は、正直なところ無視しきれない論点になってきています。ガスコンロは火を消した後も微量のメタンやベンゼンを漏出し続けることが複数の研究で示されており、ベンゼンは発がん性物質としても知られています。住宅向けの研究では、ガスコンロを使う家庭の室内二酸化窒素濃度は電気コンロの家庭より50〜400%高いというデータもあり、業務用厨房はそれよりさらに過酷な使われ方をします。

よくある疑問にお答えします

「中華料理がメニューにあるけど、IHでも大丈夫?」という質問はとても多いです。結論から言うと、業務用の高出力IHウォックリングであればかなりの部分まで対応できます。ただ、強火炒めの香りや食感にこだわりがあるなら、その一品だけガスを残してIH主体にする、という構成の方が現実的なことが多いです。完全にどちらかへ揃える必要はありません。

「停電が心配」という声もよく聞きます。これは正直、IH側が分が悪い点です。カセットコンロを最低限の数だけバックアップとして用意しておく、という対応をしているお店がほとんどです。災害が多い地域では、この点を導入の判断材料の一つに入れておくべきだと思います。

「今使っている鍋、そのまま使えますか」という質問も多いのですが、これは鍋の素材次第です。鉄やステンレス(鉄芯入り)の鍋はそのまま使えますが、アルミや銅、ガラス、土鍋はIHには反応しません。導入前に厨房の鍋を一通り棚卸しして、買い替えが必要なものを把握しておくと、後から慌てずに済みます。

「電気の契約はそのままで大丈夫?」という確認もよくいただきます。業務用IHは出力が大きいモデルだと単相200Vや三相200Vの電源が必要になることがあり、物件によっては電力会社との契約変更や分電盤の増設が必要になる場合があります。ただし英国の調査では、実は7割以上の厨房が増設なしでそのまま電化できているというデータもあるので、まずは現状の契約でどこまで対応できるか、電気工事業者に確認してみることをお勧めします。

結局、光熱費はどっちが安いのか

ここが一番気になるところだと思います。「電気はガスより単価が高いから、IHにすると光熱費が上がるのでは」という心配は、本当によく聞きます。確かに単価だけ見ればその通りです。ただ、IHのエネルギー効率がガスの約3倍ある以上、消費するエネルギー量自体が大きく減るので、単価が高くても総コストは下がるケースが多いんです。

英国のHESSが実際の飲食店3業態でガスからIHに切り替えた際の実測データを見ると、この傾向がはっきり出ています。180席のパブでは年間およそ186万円、150席の中華テイクアウトでは約94万円、もっとも条件が厳しいとされた90席のインド料理店でも約55万円のエネルギーコスト削減が確認されました。3業態すべてで削減という結果です。

さらに見落とせないのが、光熱費以外の「隠れたガスコスト」です。清掃の人件費、換気の電気代、ガス配管のメンテナンス費、保険料の上乗せ分、これらを足し合わせると、エネルギー代だけの比較では見えてこなかった差が浮かび上がります。インド料理店のケースでは、エネルギーコスト削減(年間55万円)に加えてこうした隠れコストの削減分(年間約178万円相当)を合算すると、年間の総節減額は約233万円。5年間で見ると、設備投資費を含めても電化の方が約1,250万円安いという計算になりました。

初期投資の回収期間はHESSの調査では3〜4年が目安とされています。単価だけを見て「ガスの方が安い」と判断するのは、実はかなり早とちりだということがおわかりいただけたと思います。

ちなみに、初期費用についても正直な数字をお伝えしておきます。パブと中華テイクアウトの事例では、新規導入時の電気機器一式はガス機器一式よりむしろ安く済んでいました。一方でインド料理店のケースでは、電気フライヤーや電気ブラットパン(大型の煮込み鍋)の価格が高めで、電気機器の方が約93万円高くなっています。つまり、業態や使う機器の構成によって初期費用の優劣は変わるということです。それでも5年間のトータルで見ると、ランニングコストの差がこの初期費用差を上回り、電化の方が安くなるという結果が出ているのが興味深いところです。

飲食店としてどう判断すればいいか

メリット・デメリット、コストの話を一通りしてきましたが、最後は「うちの場合どうするか」という話に落とし込まないと意味がありません。私がいつも見ている判断軸は、調理スタイルとの相性、スタッフの働く環境、そして将来の規制リスクの三つです。

調理スタイルでいうと、中華の強火炒めや炭火焼きのように直火が料理の核になっている業態は、IHだけで完全に置き換えるのは現実的に難しい場合があります。ただし、その調理だけガスを残して残りをIHにする、というハイブリッドな構成も十分にアリです。完全にどちらかへ統一しなければいけない、と思い込む必要はありません。和食やイタリアン、カフェのように温度管理がそのまま品質に直結する業態であれば、IHの方が安定した結果を出しやすいでしょう。

スタッフの働く環境については、もう少し真剣に考えてもいいと思っています。毎日長時間ガスコンロの前に立つことの健康影響を、経営判断の材料に入れている飲食店はまだ多くありません。採用や定着のコストが上がり続けている今、スタッフが健康に長く働ける環境への投資は、十分に元が取れる話だと思います。

最後に規制の話です。EUは2050年までのネットゼロ建築を掲げていますし、米国の複数の州・都市ではすでに新築建物のガス接続を制限する動きが出ています。日本はまだそこまで規制が来ていませんが、「今は規制がないから」という理由でガスを続けるのは、将来まとめて対応するリスクを先送りしているだけかもしれません。

実際にどう判断すればいいか、もう少し具体的なイメージをお伝えします。たとえば洋食店やカフェ、和食店であれば、ほぼ迷わずIH主体で構わないと思います。中華料理店や焼き鳥屋のように、強火・直火が看板メニューの根幹にある業態であれば、コア部分だけガスを残すハイブリッド構成を検討するのが現実的です。居酒屋やパブのように調理の幅が広い業態は、HESSの事例にもあったように機器ごとに個別に判断していくのが安全でしょう。いずれにせよ、リフォームや新規出店、設備の入れ替えのタイミングが、検討を始める一番自然な機会になります。

予算的に一括での切り替えが難しい場合は、無理をする必要はありません。使用頻度の高い機器、つまり一番電気代やガス代がかかっている機器から優先的に切り替えていくという段階的なアプローチでも、十分に効果は出ます。実際、多くの飲食店がこうした形で数年かけて電化を進めています。

まとめ

「IHかガスかどっちか」を電気代の単価だけで決めようとすると、判断を誤ります。掃除や換気、メンテナンス、保険、スタッフの健康、そして将来の規制リスクまで含めて考えてほしいというのが、今回いちばん伝えたかったことです。そこまで視野を広げると、多くの飲食店にとって「早めにIHへの移行を計画する」のが理にかなった選択になるはずです。一度にすべてを変える必要はなく、まずは一番気になっている機器から検討を始めてみてください。次回は、業務用IHコンロそのものについて、家庭用との違いや選び方、実際の導入コストを詳しく見ていきます。

この記事を書いた人:やなぎん

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業界歴15年のプロフェッショナル。複雑で分かりにくいエネルギーの仕組みを、家庭の「お財布」と「地球」の両方に優しい視点で噛み砕いて解説するのが得意。難しい専門用語を高校生でも分かる例え話に変換して、みんなの節電ライフに寄り添う、親しみやすさNo.1のベテラン女性。


*1 GUIDE TO ELECTRIFYING YOUR KITCHEN HIGHLIGHTSについて

本ガイドは、英国および世界中の外食産業事業者向けに、サステイナブル・レストラン協会(TheSustainable Restaurant Association)が、グローバル・クックセーフ・コアリション(Global CooksafeCoalition)およびホスピタリティ・エネルギー節約・持続可能性協会(Hospitality Energy Saving &Sustainability)と共同で作成したものです。

GUIDE TO ELECTRIFYING YOUR KITCHEN HIGHLIGHTS 概要およびダウンロード
一般社団法人日本サステイナブル・レストラン協会webサイト
https://foodmadegood.jp/20260401_gcc/

出典:The Sustainable Restaurant Association / Global Cooksafe Coalition / HESS「Making the Switch: Why and How to Electrify Your Commercial Kitchen」(2025年)
Home | The Sustainable Restaurant Association
Home - Global Cooksafe Coalition (GCC)

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